ドイツと飛び地巡り2015年秋 第16回:愉快なオランダ&ベルギーの飛び地「バールレ・ナッサウ」=「バールレ・ヘルトホ」

訪問日時:2015年10月29日、天気:晴れ

目指すは、愉快なオランダ&ベルギーの飛び地「バールレ・ナッサウ」=「バールレ・ヘルトホ」

以前書きましたとおり、今回の旅のメインテーマのひとつは「飛び地」巡り。この日はその第二弾。オランダの中にあるベルギー、いやさらにその中にあるオランダー??とにかく一つの街に幾つもの飛び地があるという世界でも大変めずらしい街「バールレ・ナッサウ(オランダ部分の呼び方)」=「バールレ・ヘルトホ(ベルギー部分の呼び方)」です。

地図を見ると一目瞭然、このようになっています。

周りはオランダですが、グレーの線の中がベルギーとなります。しかし、その線の中にもまたオランダがあったりするのです。

こうした複雑怪奇な飛び地が生まれたきっかけは1198年のこと。それまではオランダに属するブレダという街の領主がこの「バールレ」を支配していたのですが、先祖に関係するトラブルでブラバン公という人物にいったんバールレを与え、ブラバン公は与えらた領地をローンの形で少しずつブレダ王に返上することになったとか。

ところが、このブラバン公、諸事情があったにせよ、まとまった土地、つながった土地を返せばよいものの、飛び飛びの小さい土地を少しずつ返していったため、ブレダ王に戻った土地とブラバン公がまだ所有している土地がモザイク状に入り組んでしまったのです。

その後、ブレダ王の領地はナッソー家に渡り、それぞれ「バールレ・ナッソー(ナッソー領バールレ)」、「バールレ・ヘルトホ(公爵領バールレ)」と呼ばれるようになりました。

しかし、まだこの時代はどちらも神聖ローマ帝国の支配下で領主が異なっていただけに過ぎなかったのですが、1648年の「ウェストファリア条約」(※世界史クラスターの方はゼッタイテストに出るのでもちろんご存知!)で、オランダが正式にスペインから独立すると、カトリックの影響が強かった現在のベルギーはスペイン領に留まることになり、バールレ村は2つの国家の領土に分けられることになりました。

その後、こうしたモザイク状の飛び地はなにかと不便ということで、オランダーとベルギーは飛び地の解消に向けた交渉をしたのですが、結局、宗教上の理由等(ベルギーはカトリック、オランダはプロテスタント)で頓挫してしまったそうです。そして、現在でもこのモザイク状の飛び地だらけの街が継続することになりました。

しかし、現在の住人は飛び地の解消を望んでいないようです。むしろこの複雑怪奇さを逆に利用できると考えているからでしょう。大きな理由としては、観光的に絶好のアピールができるからでしょう。ところが、実は過去にはこの街は密輸やマネーロンダリングにも利用されていたという暗い過去もあったようです。

オランダに入ったりベルギーに入ったりしながら目的地へ

小さな大聖堂があるアーヘンから、そんな飛び地だらけの街を目指しました。まずアウトバーンで一旦オランダに入ります。1時間ほどオランダ内を走ると今度はベルギー領域内へ。ここで高速を降りて、一般道でオランダとの国境を目指し、再度オランダに入国。

そもそもこのあたりは飛び地ではないにせよオランダとベルギーの国境が入り組んでいるところ。

そして、オランダ国境を超えて5分程度で目的地バールレ・ナッソーに到着しました。街の南側からの到着です。まずは駐車場を見つけるため街の中心を目指しましたが、すでに街に入った時点で、ベルギーに入ったりオランダに入ったりしていたようです。

なんでわかったかというと、ガソリンスタンドが100mもしない距離で2件あったのですが、明らかに値段が違うからです。(運転中につき写真撮れず…、MT車ですから。)ちなみにベルギーのほうが安いようです。オランダはドイツと同程度。税金の関係なのでしょう。オランダ領のスタンド、商売できるの??

さて、とりあえず街の中心にあたりに公共駐車場を発見したので、そこにクルマを停めて観光開始です。駐車場は有料か無料か不明でしたがパーキングメーターはないので、そのまま停めておきました。

何も情報がないので適当に散策

では観光開始、と行きたいのですが、正直ここは飛び地である以外の情報は一切なかったし、頼りにしていたレンタルのモバイルWiFiも圏外と使えなかったので、何も調べることができませんでした。ということで、適当に街を歩いてみることにしました。街の中心にあるカフェにはそこそこお客さんがいます。地元の人なのかな観光客なのかな?

しかし、歩き出して早速、複雑に入り組んでいる国境を発見しました。これが噂の国境の線ですか(笑)。

国境線は道路上にも続いています。なお街中の一般道制限速度は50kmなので速度を変える必要はありません。(かつてはオランダ60km、ベルギー50kmだったようです。)

しかし、道路の上といった「外」で国境があるのは普通といえば普通。ところがこの街は、やっぱり他となんか違う。例えば、これはとあるお店の入り口の写真ですが、お店の入り口まではベルギー領ですが、お店の中はオランダ領なのです。

そしてまた別の例ではこちら。同じマンションですが、右からはベルギーからの訪問、左からはオランダからの訪問ってことですかね(笑)。ドアのすぐ裏はつながっているのに。ちなみに中はオランダ領みたいです。

なお、どの家がどちらの国に属しているのかは、表札やドアなどに国旗を貼って区別できるようにしているようです。

しばらく街中を探検していると観光案内所を発見。しかし、閉まっていました。残念。ここはオランダ側にありました。

別の区画では市庁舎のようなところも。ここはベルギーの国旗が掲げられていたので、ベルギー側の区画。オランダ側にはオランダ用の市庁舎があるのでしょうか。

このような感じで街の中央と思われるあたりを30分ほど散策しました。モバイルWiFiの電波が通じていたり、あるいは観光案内所が開いていればもう少し観光はできたかもしれません。

しかし、とっても面白かったです。正直、交通の便も悪く、近くに見どころもない田舎町ですが、わざわざ訪れて大正解でした。とてもよい思い出となりました。

まだもう少し時間があるので、もう一件観光してから本日のホテルに向かうことにします。(続く)

プロフィール

都内の会社に務める傍ら、休暇を利用して旅行をしたり音楽活動をしているビジネスマン。趣味は、旅行、音楽など。旅行はヨーロッパが中心、現地でレンタカーを借りて旅することにはまっています。フランスの最も美しい村全156箇所を完全制覇!音楽はクラシックが中心。ヴァイオリンの演奏もします。最近は健康のためにランニングを開始。マラソンも。Marathon du Médoc 2014含む数回のフルマラソンを完走しています。