2015イスラエル&モロッコ旅行No.2:あこがれのエルサレム旧市街

現地時間:2015年4月24日午後

シャトルバスに揺られて約50分、エルサレム旧市街「ヤッフォ門」前に到着。途中、新市街側の喧騒した狭いエリアを通過している時に、上下黒のスーツに白いシャツ、そして黒いシルクハット姿の人たちがたくさん歩いていました。いわゆる超正統派のユダヤ人。ユダヤ人の国に来たなあと強く感じました。

ホテルはヤッフォ門からすぐのところのホテル。ダビデの塔の目の前。到着したのは正午過ぎ、ホテルのクリーニングがまだのようだったので、とりあえずレセプションに大きな荷物を預けて街へ。

とりあえず近くにある最も有名なモニュメント「聖墳墓教会」へと向かいました。その向かう途中までのエリアは「アラブ人街」となっています。狭い路地に天井高くまで釣り上げた品々、床から天井まで高密度に並べられた商品、まるでドンキホーテのお店のようです。

旧市街はまるで迷路の様相。そしてとても狭い。少し迷いながらも最初の目的地聖墳墓教会に到着。たくさんの人で賑わっていました。

聖墳墓教会:イエス・キリストが処刑されたゴルゴダの丘に立つ教会

「聖墳墓教会」は、イエス・キリストが死刑を宣告され、十字架を背負って歩かされ、最後に到着し処刑されたゴルゴダの丘の上とされています。そして時は過ぎ、ローマ帝国時代4世紀頃、キリスト教を国境として認定したコンスタンティヌス帝の母親であるヘレナが、このゴルゴダの丘に教会を立てたということです。そして、この場所にイエス・キリストの墓があります。

この後、「ヴィア・ドロローサ」というイエス・キリストが十字架を背負って歩いた道をたどる予定ですので、詳細はそこで触れたいと思います。幾つかの聖なるポイント=停留所があり、その一つ、イエスの亡骸を置いたとされる台がこちらであり、たくさんの信者がその台の前で膝まづいていました。特にこの日は金曜日、イエス・キリストが処刑された曜日、ということで、特に多くの人々で賑わっていました。

なお、イエス・キリストの墓にはたくさんの行列ができていましたので、とりあえずこの日は避けることに。

ヴィア・ドロローサ、イエス・キリストが十字架を背負った歩いた道

ヴィア・ドロローサ。ここを約2,000年前にイエス・キリストが死刑を宣告され、その後ただちに十字架を背負わされて、ゴルゴダの丘まで歩いて行ったとされる道。

現在は、観光客とドンキホーテ的なおみやげ屋産が連なる狭い道です。そしてやはりここも金曜日ということで、たくさんの人がキリストのたどった道を祈りの歌を歌いながら歩いていました。

このヴィア・ドロローサにはいくつかの「停留」と呼ばれるポイントがあります。例えば、第三停留は、「イエスが十字架の重さに耐えかねて最初に躓いた場所」なのだそうです。ローマ数字でこうした番号と停留によっては彫刻等があったりします。エルサレム滞在最終日に改めてこのヴィア・ドロローサを写真に収めたので、全停留に関しては、後日の日記でご紹介したいと思います。

エルサレム初の昼食はケバブ

とここで、非常にお腹が空きました。14時、そういえば朝から何も食べていなかった。ということで、第三および第四停留の側で遅めの昼食。ここまで旧市街内を散策した感触では、西欧的なカフェやレストラン的なものが殆どない様子。スナック、ファーストフードみたいなところしかない。中東ってこんな感じ?

とはいえ、ここでいただいたケバブはとても美味しかったです。値段はコーラと合わせて60シュケル、日本円にすると1,800円といったところ。まだイスラエルの物価感覚がよくわかりませんが、どうもシュケル(※イスラエルの通貨)だと気持ち割高な気がします。数日滞在した経験では、ドルを合わせて持っておくと良かったなあと思いました。

ようやくチェックイン、とても早い就寝

その後、聖墳墓教会まで歩いていき、この日の観光は終了。この時点で16時30分。ホテルに戻ります。部屋の掃除は完了済み、ようやく部屋へ。

勤務明け直接の成田、しかも前日睡眠時間4時間。トルコ航空の深夜便内ではぐっすり眠れたものの、このあたりで体力的に限界。夕食も食べないまま、シャワーも浴びず18時には眠ってしまいました。シャワーは成田で入っておいてよかったです。(続く)

プロフィール

都内の会社に務める傍ら、休暇を利用して旅行をしたり音楽活動をしているビジネスマン。趣味は、旅行、音楽など。旅行はヨーロッパが中心、現地でレンタカーを借りて旅することにはまっています。フランスの最も美しい村全156箇所を完全制覇!音楽はクラシックが中心。ヴァイオリンの演奏もします。最近は健康のためにランニングを開始。マラソンも。Marathon du Médoc 2014含む数回のフルマラソンを完走しています。